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【Biz臨時コラム】感染症対策「手を洗う」は“奇跡”の結晶

 日本政府が3月5日、国民生活安定緊急措置法を適用し、マスクの転売行為を禁止した。それに先立つ2月中旬には、厚生労働省が「マスクについてのお願い」と題した啓発ポスターも発表している。新型コロナウイルス災害におけるマスク買い占めは国際的な問題にもなっているが、原因は知識不足だけでなく、感染対策が「手洗い」とありきたりなことへの心細さから、“鎧”を求める心理が働いているのかもしれない。だが「手洗い」は本当にありきたりのことだろうか?


↑ 厚生労働省のマスク啓発ポスター(出典:厚生労働省HPより)


病原体と粘膜の接触を避ける

 米国疾病予防管理センター(CDC)の公式サイトでは、新型コロナウイルスの感染対策として「感染者との濃厚接触の回避」、「目・鼻・口に触れないこと」、「感染時には自宅にとどまること」、「咳エチケット」、「家庭内でよく触れるものは清潔にしておくこと」、「手を洗うこと」を挙げている。

 マスクについては「発症者が他人への感染を広めないために着用すべきもの」であり「自分自身を守るための着用は推奨しない」と明記している。

 英国の国営医療保険サービスNHSも「最上の感染予防策」に「手を洗うこと、特に普段よりも頻繁に」と強調している。また、「清潔でない手で目・鼻・口に触れないこと」も注意を促している。

 それに対し、一般人がマスクを着用することによる予防効果は「ほとんどエビデンス(証明材料)はない」と明記している。

 「手を洗う」「目・鼻・口に触れない」──これらはもちろん病原体と粘膜の接触を避けるための方策だ。

 だが日常の習慣となっていることから、疫病発生時にも各国専門機関が改めてその対策を呼び掛けることが、かえって「効果的な対策がないんだ」との不安を掻き立て、普段は身に着けない“プロテクター”を求める行動に駆り立てている可能性もあるだろう。Webニュースへのコメント欄に散見される「そうは言われても不安」「身を守れることなら何でもしたい」といった言葉からも、そうした心理がうかがえる。


手術医さえ手を洗わなかった

 では、「手を洗う」が有効な感染症対策として認知されるようになったのは、いつ頃からだろうか。

 実は19世紀末までは、医療関係者の間でさえ「手を洗う」ことが感染症対策になることは知られていなかった。

 19世紀にオーストリアで活躍したイグナーツ・ゼンメルワイス(Ignac Semmelweis)という医師がいる。1818年ハンガリー生まれ。1846年からウィーン大学病院産科で勤務を始める。当時、産婦が産褥熱で死亡する確率は最高30%に達していた。ゼンメルワイスが勤務する産婦人科入院病棟は第1・第2に分かれ、第1では医師が、第2では助産婦が分娩をおこなっていたが、産婦の死亡率は第1病棟の7~16%に対し、第2病棟は2~8%と明らかな差があった。

 ゼンメルワイスはこの差がなぜ生じているのかを研究し、やがて「医師の手」に注目する。

 第1病棟では、死体解剖室にいた医師が呼ばれてそのまま分娩に従事するケースがあったが、解剖室から出てきた医師の手には、死体の悪臭が染みついていた。彼はそのことと、同僚の医師が死体解剖の授業中に誤ってメスで負った傷から敗血症になって死亡したことなどをもとに、「死体に存在する悪性の微粒子が、医師から産婦に移って産褥熱が生じるのでは」との仮説を抱く。

 そこでゼンメルワイスは医師に対し、患者の診察前には塩素溶液で手洗いを徹底するよう呼びかけた。結果はてきめんだった。

 第1病棟における産婦の死亡率は、1%まで激減したのである。

 彼はその後もブダペストのペスト大学産科で、手洗いを徹底させることで産褥熱の死亡率を0.85%まで減少させている。


↑ 感染症対策「手を洗う」のパイオニア、ゼンメルワイス医師


「安全な水」という貴重資源

 だが、これによって医師の間に「手を洗う」が広まったわけではなかった。

 医師たちは、自分たちが産婦の死亡率を高めていた“犯人”として扱われることに猛反発し、ゼンメルワイスの説と功績を徹底的に否定する。ゼンメルワイスは最終的に精神異常を来たし、1865年に精神病院で死亡する。

 彼の正しさが認められたのはそれから20年近く後、コッホやパスツールが病原体として細菌を発見してからのことだ。

 日本でも近代までは、疫病を悪霊の仕業と考え祈祷で回復を願ったり、縁起の悪い日には入浴を避ける、玄関に護符を飾る、などの行動をとっていた。

 「手を洗う」という対策は、細菌やウイルスの発見を前提とする、まぎれもなく近代医学の結晶なのだ。

 だが知識だけでは十分ではない。この対策が取れるのは、清潔で安全な水が日常的に手に入る環境に恵まれた人間だけだ。国連児童基金(ユニセフ)の2017年7月12日付発表では、自宅で安全な水を入手できない人は21億人と、実に世界人口の約3割に達している。

 「手を洗う」ことが“当たり前すぎて心細い”と感じるなら、認識してほしい。

 感染症対策「手を洗う」が実行できることは、我々が時間と空間の両軸における、奇跡のように恵まれた環境に暮らしている証なのだ、ということを。


【参考文献】

日本・船橋市立医療センター「院内感染対策-ゼンメルワイスの物語」

AFPBB 2018年8月7日付記事「忘れられた医学の『天才』、病院衛生と消毒の父ゼンメルワイス」



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